【オリジナル】好みの男をひたすら酷い目に合わせようと思う。

＊ ページ8

老人は昔王族に使えていた軍人らしい。それなりに活躍し、年老いて引退するにあたって、こんなにも広い屋敷を与えられたそうだ。家族もいないジジイには過ぎたものだ、自分は何度も辞退したのだが、なんて顔を顰めていた。老人は広い屋敷に一人で暮らしていた。豪邸と言っても差し支えのない屋敷だというのに、召使の一人もいないものだから、豪奢な見た目とがらんとした屋内のギャップが大きかった。
もっとも、俺も弟も、外に出てはしゃぐより室内で読書をしていた方が好きだったので、特別面倒をかけるわけでもなかったから、俺たちのため従者を新しく雇う、なんてことはなく。３人で無駄に広い豪邸で静かに暮らしていた。読み書きが出来るようになってから読書ばかりの俺たちを老人は手がかからないと笑っていた。
家には老人の蔵書がこれでもかと言うほどあったので退屈しなかった。軍人なのに本を読むのか、と尋ねれば老人は「剣を振り回すより頭の中で策を練るほうが好きなんでね」と言った。

「兄さん兄さん、見て！」

弟が珍しくはしゃいで駆け寄ってきたので、どうしたと聞けばバッと手に持っていた本を押し付けてきた。分厚い重たいその本を押し付けられるまま手に取れば、それは魔法がびっしり書かれた、所謂魔導書だった。思えばそれが全ての歪みの最初の分岐点だった。

この世界には魔法がある。誰も彼もが使えるというわけではないが、それでも少なくない数の魔法使いがこの世界には存在する。
老人の同僚にも魔法使いが大勢いたそうだ。

弟は、魔法使いになりたいと言い出した。絵本の強くて優しい魔法使い、老人の同僚だったという勇ましい魔法使いの話にすっかり心を奪われたらしい弟は、その魔導書を片手に、魔法の練習を始めた。
簡潔に結論を述べると、弟は天才だった。
ものの数日で魔法を発現させた上、一ヶ月足らずで魔導書に記された魔法のほとんど全てを成功させた。
いつも澄ました顔の老人もこのときばかりは目を丸くして仰天していた。

「儂が知る中でもっとも優れた魔法使いでも、こんなスピードで魔法を習得したやつは見たことがない」

俺が守らなきゃすぐ死ぬ弟。
当たり前だったその偶像に、罅(ひび)が入った。

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